中国のポータルサイト・百度に19日、日本のお寺と中国のお寺の間に存在する大きな相違点について、文化学者の見解を紹介する記事が掲載された。
 
 記事は、中国の著名文化学者・馬未都氏が日本と中国における現在の仏教の状況について評価を行い、中国の一部のお寺は「あまりに賑やかすぎる」としたほか、日本の僧侶の見た目に「大きな驚きを覚えた」と述べたことを伝えた。
 
 そして、中国のお寺では人びとが仏に良縁や明るい未来、学業成就といった現世利益を求める傾向が強く、参拝者はお寺が数百元、数千元といった高い値段で販売する線香を「ご利益のためなら安い」と考えて惜しげもなく購入すると説明。その様子は非常に賑やかである一方で「多くの人は心を鎮めて仏法の修行をするわけではなく、お寺が本来持っているはずの静謐さ、純粋さが失われてしまっている」と指摘した。
 
 その上で、日本のお寺は中国とは異なる部分が多く、中国のお寺のように賑やかでなければ商業化もされておらず、精神修養という純粋さを持ち続けているのだとしている。
 
 また、日本の僧侶の顔つきは実に柔和で善良そうであり、穏やかな美しさをたたえていると紹介。お寺では僧侶が毎日黙々と自らやるべきことをこなし、毎日読経をするとともに仏教思想の核や精神について僧侶どうしが語り合っており、中国のお寺よりも仏教的な精神をより備えていると伝えた。
 
 さらに、現在の日本の僧侶は結婚して家庭を持ったり、肉を食べたり酒を飲んだりといった行為をあまりタブー視していないものの「そうであっても、日本の僧侶はそれでも自らの心の静けさを保っている」とし、お寺も浮ついた雰囲気や、商売的な匂いを醸し出していないと紹介した。
 
 記事は一方で、非常に賑やかでなおかつ商業化された中国のお寺について「単純に良い、悪いで論じることはできない」と指摘。そこには中国の国情や文化と非常に大きな関係があり、古くから宗教と商業が強く結びついてきたことが影響しているのだとの見方を示している。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

日本のお寺が中国のお寺と決定的な違う点、それは「金儲けに走っていないこと」だ


(出典 news.nicovideo.jp)

気になる 決定的な違う点

<このニュースへのネットの反応>

金儲けに走ってる寺はある意味見てみたい。


お寺に限らず、社会における己の役割を真摯に果たせば、お金は自然に集まってくる。(資本主義・社会主義を超えた、さらに先の日本的思想)


お寺じゃないですけど、仏教系で金もうけに走っている団体なら、日本にでかいのありますよ。


というより信長以前の寺社勢力は年貢が払えないお百姓さんにお金を貸して利息だけでジャンプさせるというファイナンス事業をやってたので滅*れました。同じことはロシア正教もやってるので政教分離以前はどこもそうだったんでしょう。仏教では労働を禁止してますが、会昌の廃仏の時に禅宗だけが免れたのはお坊さんも畑を耕してたからですね。


収入無くて、どうやって維持してると思ってるんだ?


信長以前は総会屋みたいなもんだったけどな。


日光東照宮は清々しいほど金儲けに走っているゾ


幼稚園作ったりと経営が大変なところは多いだろう。拝観料取れるところはわずか。そもそも葬儀や法事でお寺さん頼らなくなったからね。


「お気持ち」を渡せば気持ち良く対応してくれるよ


日本の方かコンテキストが入り組んだ商業主義なだけっしょまあ見た目の卑しさがないのは良いことだが


売僧(まいす)って言葉があるくらいだから・・・ むしろ宗教のほとんどは金儲け主義じゃんね


取り繕うのが上手いだけで金儲け主義なのは変わらんぞ。中国ほど露骨じゃないが。


元々かなり儲かる所が多いから金に必*姿を見せないだけで、結構金次第な部分あるぞ……


中国は仏教禁止にしただろ?


中国は宗教法人への税優遇がないらしいですからね。


坊主丸儲けって言葉があってだな… なんで日本の坊主が物静かで柔和かというとその方が売れるからだ 日本人は派手で現物的なモノを寺に求めてないんだよ


地味でもデカい寺は檀家がいるし、そういう寺の住職は講演会で一回数百万稼ぐ。表立って稼ぎに走らんでも信心が薄い癖に御利益を目当てにする人間からわざわざ絞る意味が無い


坊主丸儲けwww昔賭場として貸してた時のテラ銭(場所代)のことだぞ


え、うちの近所の坊主とかめっちゃお金好きやぞ。


地元の坊主は立派な家建てて高級車何台か乗り回してるんですが。しかも糖尿持ち。