NTTドコモは3月22日、携帯電話の新規契約や、各種注文時の本人確認手段で「健康保険証等」(健康保険被保険者証)の取り扱いを5月中旬をめどに終了すると発表した。
もっとも、これまでも健康保険証が本人証明となることに疑問を持っていた方も多いのではないだろうか。少なくとも筆者は、なぜこの紙切れ1枚が身分を証明するものになるのか理解できていなかったから、このニュースには「いまさら?」という感想しか持っていなかった。
だが、この話題をマイナンバーカード強制の動きと捉えて批判する向きがあるようだ。
●本人確認書類からの保険証排除、不合理はある?
いや、ちょっと待ってほしい。
そもそも、健康保険証には本人を確認できる情報がほとんど記載されていない。第三者に対して身分を証明する手段がないのだから、それを確認書類から排除することに不合理はない。
実はこの話題は編集部から「注目されているテーマ」として挙がってきていたものなのだが、どのような文脈で話題になっているかを確認してみると、どうやら健康保険証をマイナンバーカードに統合する方向で、政府が検討しているという話と連動したもののようだ。
健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに統合するなんてとんでもない。マイナンバーカードの取得強制は、政府が国民を統制するための……と、このような調子での批判ばかりが目につく。
しかし、論点はそこにはない。なぜなら、ドコモで手続きする際の本人確認として、マイナンバーカード「しか」身分証明として認められていないわけではなく、証明書類はいくつかある。その中で、健康保険証が認められなくなるというだけの話だからだ。
運転免許証、マイナンバーカード、身体障がい者手帳、精神障がい者保健福祉手帳、療育手帳の他、補助書類が必要になるが、住基カードや在留カード(+外国発行パスポート)での契約にも引き続き対応する。
では健康保険証に本人確認の機能があるだろうか。
ない。断じて存在しない。
ドコモは発表の中で「ご契約者本人の意図せぬ『不正な契約締結や不正利用等』が増加している」と言及している。つまり、健康保険証を身分証明として認めることが、なりすましの温床となっていると指摘しているのだ。
これはいわばセキュリティホールであり、それをふさぐことでなりすましが防げる。一方で利用者側の不利益はない。むしろ、正当に契約している一般の契約者の利益を守ることになる。
今回のドコモの動きは、一部では政府のマイナンバーカード推進の動きと連動して捉えられているのだろうが、発想の飛躍という以外に感想が思い浮かばない。NTTドコモという民間企業が、本人確認が必要な業務を進めるために必要な書類として、本人確認できない可能性のある書類を排除することは至極真っ当だ。
繰り返しになるが、今回の話は「国民全員マイナンバーカード」議論とは別の軸にあるものだ。しかし、そもそも"マイナンバーカードを持つことによる不利益”に関して声高に叫ぶ意見には疑問点が多い。
マイナンバーカードを持つ不利益として、どのようなことが考えられるのだろうか?
唯一の個人番号であるため、この番号が流出した場合に、番号による名寄せ処理が容易になるほか、政府が個人の情報を監視する可能性があるという懸念が示されている。また、マイナンバーカードのシステムに対するクラッキングの懸念もあるだろう。
しかし、そもそもの話で言えば、データ社会の時代にあって、個人とひも付く形、匿名である場合など、さまざまな切り口があるが、あらゆる行動は何らかの形でモニターされている。そうした社会において、マイナンバーを持つことが特別不利益かどうかを考える必要がある。
マイナンバーを持たなかったとしても、現代においてあなたの消費行動などを追跡する手段はある。もちろん、追跡を遮断する手段も増えているが、追跡手段は多岐にわたっている。
個人を特定するために一つの番号に依存する必要はない。複数の情報から、匿名あるいは特定された個人かはケースバイケースだが、どのような行動をしているかを把握をすることは不可能ではない 。
もちろん、多次元のデータ解析が必要となればハードルは上がる。しかし狙いを定めて何かをしたいのであれば、可能ということだ。
●マイナンバーカードは、大多数が持ってこそ
この懸念に対して、マイナンバーカードを持つ利点とはなんだろうか。
さまざまな行政サービスの手続きを簡素化でき、行政サービスを受けるための待ち時間が減り、行政側の業務負担の軽減がは将来的な行政機関のコスト削減につながる。税申告はシンプルになり、コロナ禍の中にあったような給付金などのサービスを提供するコストも大幅に下がる。さらに災害時などには避難者情報の確認や支援物資の配分などに活用することも考えられているという。
しかし、普及率が十分でなければ、マイナンバーカード所有者に利益はあっても、持っていない人はもちろん、マイナンバーカード普及を進めてきた国側も十分な利益が得られない。
今回の件に話を戻すと、ドコモのライバルは、健康保険証での本人確認による契約を受け付けることで、ドコモの潜在顧客を奪えるかもしれない。
しかし業界全体の利益を考えるならば、健康保険証という不確実な手段を本人確認書類とする慣習は見直されるべきだろう。他社も追従するのではないだろうか。
もっとも問題は携帯電話だけではない。さまざまな社会的なインフラにおいて、健康保険証を身分証明の書類として認める悪しき伝統は見直すべきだろう。
「本人確認できる情報がほとんどない証明書を身分証明とすべき」という意見があるとするなら、それは「セキュリティホールが残っていた方がいい」と言っているに等しい。
なぜそう考えるのかは、推して知るべしだ。
●著者紹介:本田雅一
スマホ、PC、EVなどテック製品、情報セキュリテイと密接に絡む社会問題やネット社会のトレンドを分析、コラムを執筆するネット/デジタルトレンド分析家。ネットやテックデバイスの普及を背景にした、現代のさまざまな社会問題やトレンドについて、テクノロジー、ビジネス、コンシューマなど多様な視点から森羅万象さまざまなジャンルを分析・執筆。
50歳にして体脂肪率40%オーバーから15%まで落としたまま維持を続ける健康ダイエット成功者でもある。ワタナベエンターテインメント所属。

(出典 news.nicovideo.jp)
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